第44回北海道学術大会札幌大会特別講演 「野球肘の診断と治療」

岩崎倫政先生

講師 北海道大学大学院医学研究科機能再生医学講座
整形外科学分野教授     岩崎 倫政先生

本日は医学的分野だけではなく社会的にも最近のトピックスである野球肘について、北大の整形外科で行っていることを紹介させていただきます。

【はじめに】
田中将大とダルビッシュ有、2人とも北海道にゆかりのある選手でありメジャーでもエース級の選手です。しかしながら、2人とも肘の内側側副靭帯損傷に見舞われ、田中は手術を回避して自らの血液から血小板のみ集めてそこに注射する治療、ダルビッシュは手術を受けました。治療法は違いますが2人とも治療さらにリハビリ等でシーズンの半分、もしくは1年近くを棒に振ってしまいました。

【日米における対応】
アメリカは去年「PITCH SMART(ピッチスマート)」という各年齢層に応じたガイドラインを作り、8歳から18歳で細かく年齢を切って投球数の制限や年間の非投球期間を設定しました。何故このように徹底できるのかというと、メジャーリーグ機構と整形外科医がタイアップしているからです。残念ながら日本はプロ野球機構と整形外科医との設定はありません。

【投球による肘障害の発生機序】
外反力、要するに肘が外に持っていかれる状態です。こうなると肘の内側には牽引力(伸ばす力)、肘の外側には圧迫力(押し付けられる力)がかかります。側面から見ると最終的にはボールを投げると肘は伸びます。肘の後ろには圧迫力、肘の前には牽引力がかかります。これが投球時の肘にかかる原則的な力学的なストレスです。

【野球肘の作用】
野球肘とは一つの病気を指しているのではなく特殊な力学的な環境に肘がおかれ、これにより異なる障害が混在しているものです。内側型は牽引力により柔らかい組織が引っ張られて障害が起こり、代表的なものが内側側副靭帯損傷、尺骨神経の損傷です。外側型は圧迫力により靭帯は弛む方向へ働き、関節がぶつかり合うので離断性骨軟骨炎が起こります。

【力学的(バイオメタルニクス)の観点】
外反ストレス64ニュートンメートルという外反力が一般的な130〜140キロの球を投げるピッチャーにかかります。32ニュートンメートルで内側側副靭帯の細かい繊維が切れる力とほぼ一緒ですので、一般的な投球動作で常に繊維が切れているということです。しかし、切れても若い選手であれば数日で修復します。ですから内側側副靭帯損傷は中々防ぎようのないものです。離断性骨軟骨炎は上腕骨外側の小頭に起こります。さらに内側側副靭帯の損傷があると、その力によって軟骨仮骨層で微小骨折や血行障害が起こります。このように力学的に考えて野球肘というものは、通常の生理的な状態で投球をすることで様々な病態が起こることが分かります。

【内側側副靭帯損傷の診断】
投手が8回・9回になると小指が冷たくなったり痺れたり、もしくは握力が落ちてきてカーブやフォークがすっぽ抜けるなどの症状があれば、おそらく内側側副靭帯の損傷に加えて尺骨神経麻痺もあると我々は考えます。臨床症状として投球時の内側部痛、小指・薬指の痺れ、球の握りのあまさなどの症状、実際の診察では肘内側の圧痛、肘・前腕の可動域低下肘内側の不安定性がでてきます。それに対して特殊なテストや超音波(エコー)を使って診察します。

【内側側副靭帯損傷の治療】
どんなに酷くても保存的に診ます。特別なことはせずに投球を止めさせます。あとは前腕の周りの筋肉を鍛えるようなリハビリをさせて、状況などから3ヵ月〜6ヵ月くらい投球中止期間をもうけてから復帰させます。それでもプロを目指すなど野球の継続を強く希望する人には、我々は最終的手段として手術的な治療を行うように考えています。外科的な治療には皆さんご存知のトミー・ジョン手術があります。日本ではジョーブ博士が行った手術としてジョーブ法として有名です。靭帯をいじらないで、ここに手首や膝から持ってきた腱で再建術を行うものです。

【手術後の状況】
手術後1年間ほどのリハビリは長く感じられますが、肘の靭帯再腱をした場合等張性運動をしないので、肘の屈伸によって靭帯にかかる力は常に増加します。要するに術後肘が硬くならないように動かすということができないので、移植した靭帯が確実に成熟しないとリハビリが開始できません。ですから十分な期間肘の安静が必要なのです。

【手術後の復帰率】
北大の症例になりますが、20歳大学生ピッチャー(145キロ投げる)が術後1年の状態で復帰します。受傷前のレベルに復帰可能で合併症もなく、スコアをつけると200点満点中190点という良好な結果が得られています。この結果が良いか悪いかは人によって変わりますが、客観的に考えると復帰率は8割、合併症2割、再手術1割弱というのが現状です。
【現時点の内側側副靭帯損傷の問題点】
1年間ではなくもっと早く復帰させることです。あとハイレベルの選手の成績がどうも良くないので、以前のようなパフォーマンスに戻すこと。この2つを我々は克服しなければならないという状況にたたされています。

【離断性骨軟骨炎の診断】
離断性骨軟骨炎(OCD)の特徴としては10代前半のオーバーヘッドアスリート、投球動作をするような人に好発し、上腕骨小頭の殆どが外側にでて関節の軟骨と軟骨仮骨、関節のすぐ下の骨に病変が及ぶ疾患です。臨床症状には肘の関節痛とかクリック感、ロッキング症状や急に肘が伸びなくなったという様な症状がありますが、基本的には離断性骨軟骨炎は特徴的な症状とか理学的所見はないです。離断性骨軟骨炎があっても、内側側副靭帯の損傷があるので見過ごしていることがよくあります。やはり画像診断に頼らざるをえません。レントゲン、CT、MRIでは安定型病変なのか不安定型病変なのかを決める一つの指標として使っています。最近は肘の内側側副靭帯損傷と同じように超音波検査が非常に強力なツールとなっています。

【離断性骨軟骨炎の治療】
治療法は小さい穴をあけてここに骨髄液というのを骨から出してその中にある細胞を集積させて自然に治すという骨髄刺激法(ドリリング)行っています。しかしこの方法だと治っても繊維組織、繊維軟骨組織による修復しか期待できません。そこで最近は骨軟骨柱移植、いわゆる軟骨細胞移植術というものが出てきました。こういう治療法が出てきたことによって従来の正常な軟骨いわゆる硝子軟骨というもので修復することが近年可能になってきているので、我々は骨軟骨欠損対して非常に強力な手術法を手にしているという状況です。

【離断性骨軟骨炎の治療方針】
我々が考える離断性骨軟骨炎に対する治療方針とは安定型の早期の病変に関しては基本的には保存的治療、簡単に言うと投球禁止です。これで症状がよくならない、不安定型病変という場合は手術的な治療をします。骨軟骨柱移植術、軟骨細胞移植術などの再生医療はもう少し時間がたたないと一般化されませんが、将来的にはこういう面も含めて治療が行われるだろうと思われます。

【野球肘健診】
肘の内側側副靭帯損傷、離断性骨軟骨炎は早ければ手術しないでも治る疾患です。そういう意味では我々は野球肘検診というのを行い、なるべく発症の予防もしくは早期の診断をして治療を行うという考えが必要です。

講演岩崎1

【おわりに】
肘の靭帯再建術とか骨軟骨柱移植をするとある程度トップレベル、プロではない少年野球レベルでは十分復帰できます。さらにより低侵襲で治すという様な治療法を開発することで進行した人でも安心してすぐに復帰できるような治療法を我々医療サイドは開発して両方を持って患者様にアプローチするというのが大事ではないかなと思います。