第46回北海道学術大会 特別講演 「新しい運動生理学 -スポーツケアを中心に- 」

 
當瀬先生講師 北海道公立大学法人札幌医科大学医学部

    細胞生理学講座教授  當瀬 規嗣先生

 

はじめに「会場には私の講義を受けた方々が多く見られますが、皆さんが聞いた頃と現在では話が変わっていて、結果的に間違えを教えていました。お詫びします」と述べられ講演が始まりました。

 

【乳酸はエネルギー物質】
一般に乳酸というのは筋肉に溜まると疲れる・痛くなると教科書などに書かれていました、これは間違いであるということです。体内でのエネルギーの産生の一つである嫌気的解糖系では生じたピルビン酸を利用し、酸素を使って効率的にエネルギーをつくるTCAサイクル(クレブス回路)というシステムがあり、そこで乳酸が活用されます。また乳酸がないと持久力が出ない、乳酸が筋肉の外側に増えると筋肉の収縮する性能がアップするという実験結果もあります。結論を言うと乳酸は人間にとって極めて必要なエネルギー物質であり、疲労物質で筋肉内に乳酸が溜まると筋肉の収縮力は低下するという考えは現在否定されています。

スライド①【痛みのしくみ】
筋膜に分布している神経に刺激が加わると筋肉が痛むというしくみになっています。運動に関する筋肉痛にはランニング中などに起こる急性筋肉痛、ランニング後しばらくしてから生じる遅発性筋肉痛、筋線維を断裂する肉離れに分けられ、深部痛覚では筋肉や関節包、骨膜などの自由神経終末で感じ取り、炎症による発痛物質の増加、血行不良、酸素低下などにより痛覚の感受性が増大します。発痛物質にはセロトニン・ヒスタミン・ブラジキニンなどがあり、乳酸はありません。遅発性筋肉痛は運動終了後72時間から数日後に現れ、乳酸は運動停止後60分以内で消失します。これにより乳酸が溜まって筋肉痛になるということが間違いであることが分かります。筋肉痛のメカニズムは筋線維や結合組織に微細な傷がつき損傷部分を修復しようと白血球が集まり炎症を起こし発痛物質生産され痛みを感じます。筋肉を酷使すると筋肉が硬くなり(緊張)血管を圧迫、酸素が不足して血管内に疲労物質が蓄積し神経を刺激してそれが脳に伝わり痛みを感じます。

【ストレッチの仕方】
もう一つ大事なことは血行不良が痛みを増化させるということです。筋肉痛をとるには筋肉の緊張を取って血流を良くすることが重要です。ストレッチには静的ストレッチとバリスティックストレッチがあり、静的ストレッチによる筋肉を伸ばした状態で20~30秒の間姿勢を保持することが疲労取りに適しています。その効果として筋肉の緊張を解除、血管への圧迫がとれる、血流の改善、発痛・炎症物質が洗い流されるなどがあり筋肉痛を防止できます。トレーニング直後に開始するのがお勧めです。

スライド②【血行を改善することが大事】
炎症があらゆる怪我を治します。炎症は悪いものではなく治すための必要な物質(細胞)がチームとして集まり損傷を修復します。熱感は充血のため、発熱ではないので熱は組織を壊しません。ですから冷やすことは意味がありません。温めると筋肉は弛む、血流は増加して炎症が進むので修復も進みます。実験においても遅発性筋肉痛を抑制し温熱群のみ筋肉痛が改善するという報告があります。したがってトレーニング後はお風呂や入浴中のマッサージが有効となります。結論として静的ストレッチとお風呂が重要ですので、冷やすことは間違っています。

 

【トレーニングと休養】
オーバートレーニングは疲労感が取れず、微熱・倦怠感・精神的には鬱状態に陥ることになります。疲れには自覚的疲労と他覚的疲労があり、一般的な疲労の症状として全身がだるい、気力が無い、肩こりがあり、腰痛に関しては精神的アプローチが絶対必要となっています。倦怠感とは活力が減少し健康感の喪失を自覚することであり、予想以上に早く疲労する易疲労感「あれ?おかしいな・・」というのもあります。この疲労感は休息の必要性を脳に知らせるしくみで警告でもあるので、オーバートレーニング症候群に対して最も重要なのは休養です。

【新しい疲労の考え方】
これまでの疲労の学説は網様体説という考えであったが、最近は疲労物質という考え方になりサイトカイン(TGF-β3)が増える、脳内セロトニン合成の増加が疲労するという説があります。また研究では疲労因子(FF)が発見され、タンパク質であるこの物質は炎症物質の増加に関与し、身体の方から生じて脳に作用する物質であります。これにより乳酸の出番は無くなりました。

おわりに、これからの体調管理としてトレーニングの疲労は速やかに取り除く、筋肉痛はストレッチとお風呂で対処する、睡眠と入浴を積極的に取り入れることが大切であり、柔道整復師やスポーツ関連の指導者の方々には全国的に広めていただきたいと述べられ講演を終えられました。

特別講演会場風景